上田尚宏 展
会期:2026年6月27日 (土) ~ 8月20日 (日)
会場:ASTER Curator Museum / 石川県金沢市問屋町1丁目99
開館時間:11:00-18:00
休館日:月曜日・火曜日
入場料:無料
上田尚宏
Takahiro Ueda
略歴(CV)
2026年 Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.(Elephant Gallery、岡山)
2024年 There is no meaning, (or only meanings there)(ボヘミアンズ・ギルド・ケージ、東京)
2021年 The Still Point – まわる世界の静止点(kudan house、東京)
2020年 SCAI 30th Anniversary Exhibition「アースライト―SFによる抽象の試み」(駒込倉庫、東京)
2019年 Land Politics(Valletta Contemporary、マルタ共和国)
2016年 geo / res(CAPSULE Gallery、東京)
2014年 Temporal Measures(white rainbow、ロンドン)
2013年 Betwixt and Between(Galerie Tore Suessbier、ベルリン)
ステイトメント
東京藝術大学大学院修了。2011年よりベルリンに在住。2019年に帰国後、東京を拠点に活動している。上田尚宏は、物質とイメージの関係を軸に、時間や空間、鉱物、香りといった題材を、知覚や記憶、象徴、メディアの問題へと接続しながら、物質がどのように記号化され、イメージとして流通し、社会の中で意味や価値を帯びるのかを問い直してきた。その作品は、同じ名前やイメージを共有するものが、必ずしも同じ実体や価値を持つわけではないという認識を起点としている。物質、言語、複製、記憶、メディアのあいだに生じるズレを通して、私たちが当然のように受け入れている「本物らしさ」や「価値」の不安定さを浮かび上がらせている。
“But thy eternal summer shall not fade.”
されど汝のとこしなえの夏は消ゆることなからん
シェークスピアが「されど汝のとこしなえの夏は消ゆることなからん」But thy eternal summer shall not fade と書くとき、彼の語は英語の言語的コードにおいて字義通りの意味をもつ記号であるが、隠喩という修辞法の文彩は、言語記号「とこしなえの夏」を「いつも最高頂にある充実した、ものうい美しさ」のごときものを意味するために用いることを許す第二次的な文学的コードの一部である。そして、さらには、自然と自然の過程との隠喩に拠るこの種の誇張的な賛辞を適切な賞賛の形式とするという愛の詩の慣習がある。
J. カラー著、川本茂雄訳『ソシュール』岩波現代選書、1978年、153-154頁
本展「“But thy eternal summer shall not fade.”」は、アーティスト・上田尚宏の個展である。上田は、金沢美術工芸大学油画専攻で絵画を学び、東京藝術大学大学院先端芸術表現科を首席で修了している。同時期、Elephant Gallery(岡山県)では、もう1つの上田の個展「“Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.”」が開催されている。本展は、「“Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.”」展と奇妙な仕方で共鳴する。
“Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.” は、ウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』(1980年)に登場する一節で、「かつての薔薇は名においてのみ残り、私たちが持つのは裸の名だけである」の意。先の一節は、「美の実体が失われた後、名前だけが残ること」を示唆するが、ここには記号学的な洞察が含まれている。
これまでのキャリアで、上田は絵画や彫刻の技術を発揮すると同時に、非常にコンセプチュアルな作風で知られる。その作品は、予測不可能な仕方で現実とイメージの乖離を明るみに出し、実像と虚像のあいだ二項対立を撹乱する。「“But thy eternal summer shall not fade.”」展は、「“Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.”」展のコンセプトを私なりに解釈し、上田に「お題」を投げ返す形式で発展した。“Stat rosa pristina nomine, nomina nuda tenemus.” はシェークスピアの言葉で、「されど汝のとこしなえの夏は消ゆることなからん」と訳される。ジョナサン・カラーは、この一節を例に挙げて、ある領域で自明視される、文字通りの意味の裏側にある二次的な含意(隠喩)について説明している。
現代アートの世界も、こうした隠喩に溢れている。上田は、画家が何気なく使用している、同一のカラーネームで異なるメーカーの絵の具を用いてコンセプチュアルな絵画を描いた。こうした彼の芸術実践を、別の角度から記号論的に眺めることができるかもしれない。そこで本展は、文学領域における「とこしなえの夏」のような、現代アート領域における「当たり前」をコンセプチュアルな仕方で浮上させる作品群で構成される。
文化研究者 山本 浩貴